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  2. 私福の一杯。

丼の表面を覆う
圧巻のチャーシュー。
シンプルという土台に
気前の良さを重ねる

40 歳を越えてくると、
老舗の閉店というニュースを耳にすることも増えてきた。
せっかく長きにわたって愛され続けてきた
老舗がなくなってしまうということは、
本当に言葉にできないくらいの喪失感で、
その店の常連であればその気持ちの落ち込み様は大変なものだ。
しばらく立ち直れなくなる。
だから老舗の暖簾を守り、
店を続けてくれるという行為に対しては
全面的に応援のスタンスをとる。

「ラーメン専門 まる竹ほんき」の店主は
鹿児島市内でかつて営業していた
「ほんきラーメン」の味に惚れ込み、
10 年以上通い、
そしてその歴史を途絶えさせたくないという
思いから味を受け継ぎ、
暖簾を守っているのだという。

そんなエピソードを事前に聞いて食べに行ったということもあり、
それほど強烈に人の心を掴むラーメンなのだから、
パンチがあって、インパクトの強い一杯なのだと思い込んでいた。
ところが、初めてご対面した「まる竹ほんき」のラーメンは
そんな思い込みの対極にあるかのような、
実にシンプルな佇まい。
じんわりと、静かに体に滲み入るようだった。
完全にやられた。

まず驚いたのがスープ。
九州だから白濁かなと勝手に思っていたら、
透き通ったタイプ。
ほんのりと金色を帯びていて、
その美しさに見惚れる。
実は鶏ガラではなく、
豚骨でとったスープだと聞いて驚いた。
金色は鹿児島産の醤油を使った元ダレがもたらしたもので、
福岡出身の僕からしたら甘めに感じる醤油の味わいがたまらない。
脂っ気はあるが、くどさはなく、すいすいと入る。
中細ストレートの麺は自家製で、
提供前に少しだけ手もみしているのだろうか、
少しウェーブがかっていて、
そのテクスチャーが食感のフックになっていた。通常のラーメンでもチャーシューは4 枚乗っていて、
見た目にも豪華に見えて、テンションがあがる。
この基本の一杯を存分に楽しんだ後、
なるほど、
あれこれ足し算を重ねたような派手さはないが、
これは確かに定期的に食べたくなる味だと思った。

そんな初対面から月日が過ぎ、
ある時、取材で「ラーメン専門 マルタケほんき」を訪れる機会をもらった。
店主のおすすめのラーメンを写真に撮って紹介することになったので、
メニューのセレクトは店主にお任せする。
ぼくはてっきり店主が基本のラーメンを
推してくるのだろうと思っていたのだが、
「これでお願いします」と差し出されたのは
「チャーシューメン」だった。
二つの意味で驚いた。
まずは基本のラーメンではなく、
チャーシューメンのほうがおすすめだという事実。
もう一つは、
目の前に置かれた一杯の迫力あるビジュアルだ。
丼の中にチャーシューしか入っていないのではないか思わせるくらいに、
一面にびっしりとチャーシューが敷き詰めてあるではないか。
値段を聞いて驚愕。
ラーメンとの差はわずか100 円なのだ。
100 円でこんなにチャーシューを乗せて
経営的に大丈夫なんだろうかと
心配してしまうほどの気前の良さだ。
いつもラーメンを食べている感覚で、
普通に麺とチャーシューをバランスよく食べていたが、
チャーシューが余った。
それくらい、多い。
店主は「喜んでもらえるのが一番ですから」と
さらりとその経緯を教えてくれたが、
なかなかできるものではない。
改めてこの店のことが好きになった。

その後、またこの店を訪れた。
その際、ぼくは基本のラーメンに目を呉れることなく、
チャーシューメン一択。
そしてご飯も一緒に注文した。
実はこの店で使っているお米は店主の実家で栽培しているそうで、
近年では店主自ら収穫しているのだという。
そんなバックグラウンドまで含めて、
ここのチャーシューメンとご飯の組み合わせは最高だ。
たぶん、ぼくはもう普通のラーメンでは
満足できない体になっていると思う。

山田祐一郎 やまだ ゆういちろう

福岡県・宗像市出身。日本で唯一(※本人調べ)の
ヌードルライターとして活躍中。実家は製麺工房で、
これまでに食した麺との縁は数知れず。
九州を中心に、各地の麺を食べ歩き原稿を執筆。
モットーは”1日1麺”。著書に『うどんのはなし 福岡』、
『ヌードルライター秘蔵の一杯 福岡』。
http://ii-kiji.com