おすすめのクチコミ一覧

おすすめのクチコミを検索する

検索結果(12,467件)

6,011~6,020 件を表示 / 全 12,467 件

  • たいちゃんママ
    たいちゃんママ さん  (女性/鹿児島市/20代

    ヤキトリ テッチャン (谷山 / 焼き鳥・串揚げ)

    谷山の方から、ここが美味しいよーと聞いて前から気になってました☆ちょうど家族が誕生日月だったのでクーポンで500円の鳥刺しも貰えましたよ、これはうれしいです✨ヤキトリはどの種類も美味しくてアルコールが進みます~(*^^*)しあわせな花金を過ごせました!また買いに行きます。 (投稿:2019/08/30   掲載:2019/08/30)

    このクチコミに “ぐっ”ときた
    現在:0
  • 桜島
    桜島 さん  (男性/鹿児島市/40代/Lv.32)

    天文館跡の碑 (天文館 / 史跡)

    鹿児島一の繁華街天文館がなぜ天文館というのかなど考えたこともありませんよね。 普段何気なく通行する天文館アーケードに石碑が建っています。今は薬局と隣接してますので石碑と薬局の商品が並ぶように建っていますよ。 一度見つけるとまた天文館の歩き方も変わって来ますね。 以下ネット引用→島津家第25代当主重豪が、天文観測や研究のため、安永8(1779)年に明時館をたてました。館には4メートル四方の観測台を築きました。明時館は「天文館」ともいわれ、現在の天文館通りの名もここからきています。藩内の暦はすべてこの明時館から配布され、薩摩暦とか鹿児島暦といわれました。このあたりは、当時、石垣をめぐらした武家屋敷があり、迎賓館にあたる御舂屋、花岡屋敷、日置屋敷などがありました。 (投稿:2019/07/28   掲載:2019/08/30)

    このクチコミに “ぐっ”ときた
    現在:1
  • 桜島
    桜島 さん  (男性/鹿児島市/40代/Lv.32)

    二つ家 (中央駅 / 史跡)

    甲突川沿いの『維新ふるさと館』の向かい側 にある「二つ家」という建物です。 ここ下加治屋町は、幕末から明治にかけて活躍した西郷隆盛、大久保利通などの下級武士達の居地でした。 「二つ家」とは、座敷を中心とした格式を重んじる『おもて』と台所など日常生活のための『なかえ』とが樋の間でつながり、屋敷は二つでありながら部屋はひと続きになっているという特徴があるそうです。 鹿児島中央駅からも徒歩圏内、高見橋横に鎮座する大久保利通像のお顔が向いた方向、甲突川に沿って「歴史ロード」となっていて、高麗橋までの間、様々な記念碑や鹿児島市維新ふるさと館、そして「二つ家」があります。 (投稿:2019/07/22   掲載:2019/08/30)

    このクチコミに “ぐっ”ときた
    現在:0
  • 桜島
    桜島 さん  (男性/鹿児島市/40代/Lv.32)

    西郷従道邸庭園跡庭石 (中央駅 / 史跡)

    東京都目黒区が西郷従道邸庭園跡地を公園として整備するに当たり、これらの庭石を西郷従道にゆかりのある鹿児島市に寄贈したと説明があります。 石は3種類(伊豆石・伊予の石・紀州の青石)で組まれています。この場所は西郷隆盛、西郷従道が誕生した加治屋町の敷地内に置かれています。 誕生の地碑一緒に見学できます。 (投稿:2019/07/19   掲載:2019/08/30)

    このクチコミに “ぐっ”ときた
    現在:0
  • 桜島
    桜島 さん  (男性/鹿児島市/40代/Lv.32)

    大久保利通生い立ちの地 (中央駅 / 名所・観光地)

    石碑には「大久保利通君誕生之地」と書かれていますが、誕生地ではなく、幼少期以降薩摩藩の役人時代まで暮らしたところ。石碑が建った後に出生は高麗町であると分かったとか。 なのでこちらは「大久保利通生い立ちの地」なるようです。 高見橋から高麗橋までのびた歴史ロードのちょうど真ん中付近です。 (投稿:2019/07/19   掲載:2019/08/30)

    このクチコミに “ぐっ”ときた
    現在:0
  • 桜島
    桜島 さん  (男性/鹿児島市/40代/Lv.32)

    西郷隆盛生誕の地・西郷従道誕生地 (中央駅 / 史跡)

    明治維新を駆け抜けた英雄、西郷隆盛、大久保利通などが生まれ育った場所。立派な石碑です。現代の人物で産まれた場所が石碑になる方などいるのでしょうか。 (投稿:2019/07/18   掲載:2019/08/30)

    このクチコミに “ぐっ”ときた
    現在:0
  • 桜島
    桜島 さん  (男性/鹿児島市/40代/Lv.32)

    大久保利通銅像 (天文館 / 名所・観光地)

    「大久保利通は、日本の武士、政治家。位階勲等は贈従一位勲一等。 明治維新の元勲であり、西郷隆盛、木戸孝允と並んで「維新の三傑」と称される。また「維新の十傑」の1人でもある。 初代内務卿を務めるなど、内閣制度発足前の明治政界のリーダー」 名前だけは何となく知ってた程度で、2018年度「大河ドラマ西郷どん」において幕末、明治維新を西郷隆盛と激動の時代を作った方だと知りました。鹿児島中央駅から天文館方向へ徒歩でも直ぐ、高見橋を渡って左手です。 (投稿:2019/07/18   掲載:2019/08/30)

    このクチコミに “ぐっ”ときた
    現在:0
  • 桜島
    桜島 さん  (男性/鹿児島市/40代/Lv.32)

    我は海の子の碑 (ウォーターフロント / 名所・観光地)

    鹿児島市出身の宮原晃一郎さんが作詞した文部省唱歌「我は海の子」の歌碑です。 宮原さんが10歳頃まで過ごした鹿児島での生活を歌(詩)にしたそうで、7番まであります。 フルコーラスはネットやYouTube等で確認できましたよ。 錦江湾、桜島を望む公園の一角に立つ記念碑です。 (投稿:2019/06/29   掲載:2019/08/30)

    このクチコミに “ぐっ”ときた
    現在:0
  • 桜島
    桜島 さん  (男性/鹿児島市/40代/Lv.32)

    ザビエル上陸記念碑 (ウォーターフロント / 史跡)

    フランシスコザビエルの上陸記念碑です。西郷隆盛より更にずっと昔の1549年(天文18)。 指宿でも喜入でもなくここに上陸したのも桜島を目標に錦江湾を奥に奥に進んだのでしょうか。 キリスト教と言えば長崎のイメージも強いですが、ここ鹿児島の上陸から1つの歴史が始まったと考えると心深いものがあります。 南国らしい木々がと錦江湾を見渡せる公園の一角です。 (投稿:2019/06/29   掲載:2019/08/30)

    このクチコミに “ぐっ”ときた
    現在:0
  • 桜島
    桜島 さん  (男性/鹿児島市/40代/Lv.32)

    西郷隆盛蘇生の家 (吉野 / 史跡)

    「1858年(安政5)井伊直弼の安政の大獄によって追われる身となった月照は、公家の近衛忠熙が西郷に依頼して、鹿児島に逃れました。 しかし斉彬の亡き後の藩庁は、月照を日向国に追及すると決め、絶望した西郷は月照と相抱いて冬の海に身を投じました」(「 」内はコピーです) そして西郷隆盛だけが命助かり蘇生したといわれる家で現在は史跡となって鹿児島市の管理になっています。並びにある南洲茶屋の店主にお話を伺うと、店主のひいおじいさんが西郷隆盛をこの家でかくまったそうで、西郷隆盛が使用したであろう食器が展示されていました。 入水をした錦江湾はこから1.5kmほど先らしいです。昔は家は2軒並びで現在残る家も修復を繰り返しながら若干移動している(店主お話より) (投稿:2019/06/29   掲載:2019/08/30)

    このクチコミに “ぐっ”ときた
    現在:0

6,011~6,020 件を表示 / 全 12,467 件